民主主義繁殖競争説と資本主義・民主主義・一夫一婦制のトリレンマ
票はどこから生まれるか
民主主義は、人の数の競争でもある
民主主義は、人の数の競争でもある。一人一票の選挙では、支持する人の数が政治力の基礎になる。だから選挙は、いまある票の取り合いだけではない。一世代後の有権者が、どの家庭で育ち、何を学び、どの考えを受け継ぐかにも目を向ける必要がある。
出生、養育、思想の継承、投票参加を、世代をまたぐ政治競争として捉える。これを民主主義繁殖競争説と呼ぶ。
そこに資本主義があると、お金を家庭形成や子育てに使える。一夫一婦制は、富裕者が多数の配偶者を持つことに歯止めをかける。では、富の差は、どこまで人数の差になり、その人数は、どこまで票の差になるのか。
この問いから、三つの制度の関係を考える。
お金は、子どもを育てる力に変わる
お金は、住まいにも、医療にも、子育てに必要な時間にも変えられる。その意味で、富は子どもを持ち、育てる可能性を広げうる。しかし、育てられることと、実際に多くの子を持つことは同じではない。
相続にも、二つの面がある。お金は土地より分けやすいが、分けても一人あたりの取り分が減らないわけではない。1,000万円を4人で分ければ、一人あたりは250万円になる。子孫を増やすことは、一族の人数を増やす一方で、一人あたりの財産を薄める。
1804年のフランス民法典は、子の相続について均等な取り分を定めた。だが、そこから「子は多いほど有利だ」とは導けない。人数を増やす利益と、資産を維持する利益は、同じ方向を向くとは限らない。(注1)
数を票につなぐのは、文化である
生まれた子は、親の一票ではない。
ジェニングスとニエミが1968年に発表した米国の親子調査では、どの政党に帰属意識を持つかについて、親子のあいだに関連が見られた。しかし、これは子どもの投票先が親に決められるという意味ではない。(注2)
この理論で重要なのは、出生数だけでなく、考えが受け継がれる割合である。子どもが多くても、その大半が別の考えを選べば、集団の票は増えない。逆に、出生数が少なくても、外から支持者を集めれば政治力を保てる。
財産は10人に分ければ一人分が減る。ひとつの考えを10人に伝えても、考えそのものは10分の1にはならない。だから、長期の政治競争を考えるには、家族の人数と、学校や共同体を通じた文化の継承を、いっしょに見る必要がある。
一夫一婦制は、ひとつの歯止めである
一夫一婦制は、富の差を出生数の差に変える経路のひとつを狭める。富裕者でも、同時に多数の法律上の配偶者を持つことはできない。
ただし、配偶者が一人であることと、子どもの数が平等になることは別である。フランス民法典第147条が禁じたのも、最初の婚姻が解消される前に次の婚姻を結ぶことだった。子どもの数そのものに上限を設けたのではない。(注3)
一夫一婦制の歴史も、教会だけから始まったわけではない。ヘンリックらの研究は、古代ギリシャ・ローマの婚姻制度と、後のキリスト教会による規範の普及を区別して論じている。法律上の婚姻と、実際の生殖関係も区別している。(注4)
したがって、婚姻法だけを見ても足りない。婚外の親子関係、再婚、生殖医療、養育の仕組みまで含めて、富がどの程度、子どもを持つ機会に変わるのかを見る必要がある。
三つの制度は、何をめぐって衝突するのか
資本主義は、富の蓄積と相続を認める。民主主義は、人数を政治力の基礎にし、多数派に再分配を選ぶ道を開く。一夫一婦制は、富裕者が多数の配偶者を持つことを制限する。
三制度があるというだけでは、矛盾は生じない。問題は、富の集中を守りたい少数者と、それを変えたい多数者が対立したとき、どこに調整の圧力がかかるかである。
富を子孫の数に変え、その子孫が同じ政治的立場を受け継ぐなら、富裕一族は将来の票を増やせる。その道が狭ければ、富の集中を再分配によって緩めるか、多数派が政治を動かす力を制限する圧力が生じうる。
これを三つの方向に整理したものが、資本主義・民主主義・一夫一婦制のトリレンマである。
| 優先する二つ | 調整の圧力がかかるもの | 理論が想定する方向 |
|---|---|---|
| 資本主義+民主主義 | 一夫一婦制などによる生殖機会の集中への制限 | 富裕一族の多産と、子孫票を通じた選挙支配 |
| 民主主義+一夫一婦制 | 富の蓄積・相続を無制限に守る原理 | 社会民主主義的な再分配 |
| 資本主義+一夫一婦制 | 多数派の票が政治を動かす実質 | 貴族制・寡頭制的な支配 |
第一の方向には、富が出生数を増やし、その増加が思想の離脱や票の分散を上回るという条件がある。第二の方向には、多数派が再分配を支持するという条件がある。第三の方向には、富の集中を守るために民主的な決定を抑えるという条件がある。
社会民主主義は、資本主義の廃止を意味しない。ここで制限されるのは、私有そのものではなく、蓄積や相続を再分配から無条件に守る原理である。市場と公的な調整は両立する。(注5)
また、富裕者は子孫以外の支持も集められる。多数派も、いつも再分配を選ぶとは限らない。このトリレンマは、三制度の同時成立を否定する定理ではなく、条件が重なったときの対立と調整を捉える仮説である。
歴史は、結果だけでなく過程を確かめるために読む
家族政策は、この仮説を考える手がかりになる。1934年のミュルダール夫妻『人口問題の危機』は、スウェーデンで人口と家族をめぐる論争を強く押し出した。しかし、それだけで、福祉国家を「多数派が自分たちの子孫票を増やす制度」と説明し切れるわけではない。(注6)
出生への介入は、民主主義に限られない。ソ連の1936年の法令は、中絶を原則として禁止し、多子家庭への援助を設け、離婚手続きを厳しくした。これは国家が出生に介入した例であって、一人一票の競争を示す例ではない。(注7)
政策が存在したこと、出生数が変わったこと、特定の集団の票が増えたこと。この三つを区別しなければ、歴史の説明と、理論の証明が入れ替わってしまう。
国家の家族政策と、一族の多産は違う
未来の有権者が育つ条件を左右するのは、富豪の家族だけではない。国家も、家族給付や教育制度を通じて、その条件に関わる。
ハンガリーの住宅支援CSOKには、将来の子どもの数と支援を結びつける仕組みが設けられた。2016〜2020年の制度を整理した研究では、予定する子どもの出生期限は、一人なら4年、二人なら8年、新築住宅向けの三人分の枠では10年とされていた。(注8)
しかし、国が出産を支援することと、与党が支持者を増やすことは同じではない。一夫一婦制を弱めることとも別である。支援を受けた家庭も、その子どもも、与党を支持するとは限らない。
問うべきなのは、どの家庭を支える政策なのか、その政策で出生がどう変わったのか、そして、その子どもが後にどの政治的立場を選ぶのかである。
出生の差は、理論を試す材料になる
富裕者の子どもが少なくても、それだけで「制限が効いている証拠」とは言えない。どんな結果も理論の証拠にできるなら、その理論は試せない。
ネトルとポレットの2008年の研究では、英国の男性について、所得と子どもの数に正の関連が見られた。ただし、その関係は主に、低所得男性に子どものいない人が多いことによって生じていた。女性の所得では、逆向きの関連が報告されている。(注9)
この結果は「富裕者なら際限なく子を増やす」ことの証明ではない。富の差が、子を持てるかどうかに表れるのか、持つ人数に表れるのかを分けて考える材料である。
制限が変わる場所は、婚姻法だけではない
財産を次の世代へどれだけ残せるか。子育ての費用を誰が負担するか。生殖医療をどこまで利用できるか。富と人数の関係を考えるには、これらを別々に調べる必要がある。
相続税には、富の世代間移転に関わる働きがある。だが、日本の相続税が1905年に創設された直接の背景は、日露戦争の戦費調達だった。制度の働きと、制度が作られた目的は同じではない。(注10)
信託で財産を長く維持できることも、その財産が多産に使われることとは別である。相続、婚姻、生殖、養育を一つの過程として見ることは、それぞれの違いを消すことではない。
何を教えるかも、政治の一部になる
1972年のウィスコンシン対ヨーダー判決では、宗教上の理由から、アーミッシュの親たちに第8学年修了後の就学義務の例外が認められた。争われたのは、家庭や共同体が次世代の教育に関わる権利と、国家の教育上の利益との境界だった。(注11)
この理論では、その境界も、考えが次世代へ伝わる条件として読む。移住した人が市民となり、選挙権を得る経路も、出生とは別に考慮する。将来の有権者は、一つの経路だけから生まれるわけではない。
三つの制度を、ひとつの過程として読む
問うべきなのは、三つのうち何を捨てるかだけではない。どの制約を、誰のために、どこまで動かすかである。
民主主義繁殖競争説は、選挙を投票日の前までさかのぼって見る。三制度のトリレンマは、その過程で、富の集中、人数による政治的平等、家族形成の規範がどうぶつかるかを問う。
票は、投票日に突然生まれるのではない。人が生まれ、育ち、考えを持ち、自分の意思で一票を投じる。その長い過程に、税と学校と家族の政治がある。
出典と注
本文の歴史的・実証的な記述を支える資料を示す。これらの資料は、それぞれの限定された事実や研究結果を支えるものであり、「民主主義繁殖競争説」や三制度のトリレンマ全体を実証したものではない。制度の記述は本文に示した時点のもので、2026年時点の利用条件や法律相談を示すものではない。
- 注1 フランス民法典旧第745条、1804年3月21日からの条文。子・直系卑属について性別や長子の地位による区別を否定し、同じ親等で自己の権利によって相続する場合の均等相続を定める。本文はこの範囲を要約した。「1804年に初めて長子相続が廃止された」「当時の財産はすでに分割しても一人あたりの価値が減らなかった」とは主張しない。Légifrance
- 注2 M. Kent Jennings and Richard G. Niemi (1968), “The Transmission of Political Values from Parent to Child,” *American Political Science Review*, 62(1), 169–184. DOI: 10.2307/1953332。論文注16の積率相関係数は0.59。双方に政党帰属意識がある親子の組が対象で、片方または双方が無関心・未決定だった組は除外されている。この相関は「59%が同じ政党に投票する」「59%の確率で思想が継承される」という値ではない。本文では調査実施年と公刊年を混同しないよう、公刊年の1968年を用いた。出典
- 注3 フランス民法典第147条、1804年制定。前の婚姻が解消される前の第二の婚姻を禁じる条文であり、出生数の上限を定める条文ではない。Légifrance
- 注4 Joseph Henrich, Robert Boyd and Peter J. Richerson (2012), “The puzzle of monogamous marriage,” *Philosophical Transactions of the Royal Society B*, 367, 657–669. DOI: 10.1098/rstb.2011.0290。本文および補足資料の “History of monogamous marriage” を参照。古代ギリシャ・ローマの法的婚姻、エリートの実際の性・生殖関係、キリスト教会による後世の規範の強化を区別している。本稿では歴史上の区別を参照し、同論文の社会的効果に関する仮説すべてが確定しているとは扱わない。著者公開版
- 注5 Sarwat Jahan and Ahmed Saber Mahmud, “What Is Capitalism?”, IMF, *Finance & Development*, Back to Basics. 市場、規制、社会福祉が併存する混合資本主義経済を説明している。本稿では概念の確認に用いる。再分配の存在それ自体を資本主義の廃止と呼ばないための参照であり、トリレンマを証明する出典ではない。出典
- 注6 Glenn Sandström (2017), “A reversal of the socioeconomic gradient of nuptiality during the Swedish mid-20th-century baby boom,” *Demographic Research*, 37(50), 1625–1658. DOI: 10.4054/DemRes.2017.37.50。特に1646–1648頁の政策史の記述を参照。1934年の Alva Myrdal and Gunnar Myrdal, *Kris i befolkningsfrågan*(本文の邦題は原稿に合わせて『人口問題の危機』とする)の影響を述べている。1934年の原著全体を今回直接検証したわけではない。また、この研究が示す階層別の婚姻動向は一様でなく、福祉政策による利益がすべての階層で等しかったと解釈すべきではない。出典
- 注7 ソ連の1936年6月27日法令。中絶の禁止、出産・多子家庭への援助、保育施設等、扶養義務および離婚に関する規定を含む。中絶禁止には医学的な例外があり、本文では「原則として」とした。1936年6月28日付 *Izvestiia* 掲載法令の英訳を、ミシガン州立大学の歴史資料サイトで確認した。出典
- 注8 Kata Plöchl and Csilla Obádovics (2021), “Examination of Applicants for Home Purchase Subsidy for Families in Terms of Prior Commitment to Having Children and Extent of Property Acquisition, Based on the Data of a Credit Institution,” *Financial and Economic Review*, 20(3), 80–109. DOI: 10.33893/FER.20.3.80109。2016〜2020年のCSOK(英訳HPS)の条件について表1・表2を参照。表2では将来の子の出生期限を一人4年、二人8年、三人10年とし、三人の枠は新築住宅に限定している。既存の子に対する支援と、将来の子を約束する支援を混同しない。制度全体を「婚姻した夫婦だけ」と一括して説明しない。2026年現在の条件を示す資料ではない。出典
- 注9 Daniel Nettle and Thomas V. Pollet (2008), “Natural selection on male wealth in humans,” *The American Naturalist*, 172(5), 658–666. DOI: 10.1086/591690。英国の研究対象集団における男性の所得と生殖上の結果の正の関連は、主として低所得男性の無子割合の高さによると報告されている。女性の所得との関係は逆向きだった。本稿はこの結果を、あらゆる社会・富裕者に適用する一般法則や、所得の因果効果の証明としては扱わない。出典
- 注10 国税庁・税務大学校税務情報センター租税史料「相続税の解説書」。1905(明治38)年の相続税創設を、日露戦争の戦費調達に位置づける。制度の財産移転に対する働きと、創設時の直接の背景を分けるための参照。出典
- 注11 *Wisconsin v. Yoder*, 406 U.S. 205 (1972)。アーミッシュ等の親について、第8学年を超える義務就学の適用と信教の自由が問題となった判決。学校外の職業・共同体内教育にも言及しており、「一切の教育から子を切り離す自由」を一般的に認めた判決とは扱わない。判決本文、Cornell Legal Information Institute